Still Life 2018 CALENDAR

英語で「動かない生命(still life)」、フランス語で「死せる自然(nature morte)」と呼ばれる静物画は、生命のない生物や器物などを題材にした分野です。静物は歴史画の一部として描かれてきましたが、16世紀に入ると独立したテーマとなりました。画家の思うままにモティーフを組み合わせることができ、またそのモティーフが時間によって変化しない静物画は近代以降、画家にとって格好の実験の舞台になります。ポール・セザンヌやパブロ・ピカソ、安井曾太郎や藤田嗣治など、表現豊かな静物画の世界をお楽しみください。

1 January

静物

ラウル・デュフィ

《静物》

1915-20年頃 油彩・カンヴァス

青色は、フランスの港町ル・アーヴルで育ったデュフィにとって重要な色であり、彼の多くの作品で効果的に使われています。この作品でも画面の多くを青色が占めており、果物の色彩を引き立てているのがわかります。黄色のバナナが見下ろすように描かれる一方、赤色のイチゴやサクランボの詰まった2つの箱は多少歪んだ遠近法で捉えられ、箱の外に出された2つのイチゴは平面的に表現されています。印象派やフォーヴィスムからの影響を受けたデュフィが、キュビスムに関心を持ったのは1909年頃。本作品での幾何学的な形態のとらえ方や、奥行きのない空間などに、キュビスムから学んだ成果が生かされています。1920年代以降、デュフィは、独自の軽快な様式を生み出しました。

2 February

ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙

パブロ・ピカソ

《ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙》

1913年 油彩、砂、新聞紙・カンヴァス

題名にあるマールは葡萄の絞りかすで作った蒸留酒のことで、ブルゴーニュ地方の名産です。画面の中央に「MAR(マール)」という文字が書かれています。マール酒の入った瓶は、茶色く塗られた新聞紙を切り抜いて貼ることによって表現されています。新聞を表すフランス語の「JO(UR)NAL」の文字が、その瓶によって分断されています。ピカソは1908年頃から、対象を幾何学的なかたちに切り分けて再び画面上で組み合わせるキュビスムの原理を探求しました。13年頃からは、画面に異物を貼り付ける、コラージュという手法を用います。この作品では、コラージュの部分と背後の灰色の地に太く描かれた黒い線が拮抗しながら、画面に調和をもたらしています。

3 March

レモンとメロン

安井曾太郎

《レモンとメロン》

1955年 油彩・カンヴァス

安井は1955年に風邪をおして戸外制作を続けた無理がたたり亡くなっています。この作品はその年に描かれた静物画。1930年前後に肖像と風景画の分野で安井様式を確立した画家は、続く30年代前半に静物画の分野でも独自の画風を築き、40年代以降亡くなるまで卓上に置かれた大皿に盛られた果物の静物画を多く制作しています。それらは、安定した構図と力強い輪郭線、鮮やかな色彩を特色としています。晩年の安井は、日本美術家連盟の初代会長として社会的役割を担っていました。この作品は、フランス政府より日本に返還される松方コレクションを展示する施設建設のための協賛展に出品され石橋正二郎が購入した作品です。

4 April

鉢と牛乳入れ

ポール・セザンヌ

《鉢と牛乳入れ》

1873–77年頃 油彩・カンヴァス

セザンヌは早くから静物画のジャンルにおいて、画面の構築性や形態の量感を追求するようになります。描く対象である果物や食器などは、画家が自在に配置することができ、しかもいつまでも静止したままです。さらに、画面上で形態を変形しても、構図や配列を変えても、対象は気にしません。この作品をよく見ると、牛乳入れの左側の縁と鉢の右側の縁は、それぞれ画面の左右の辺と平行に描かれています。画面の構成を安定させるために現実の形態を変形させている好例です。セザンヌが1870年頃から静物画に取り組むようになるのは、その頃ルーヴル美術館に遺贈された18世紀のフランス人画家シャルダンの静物画の影響もあったのかもしれません。

5 May

石膏のある静物

アンリ・マティス

《石膏のある静物》

1927年 油彩・カンヴァス

マティスの絵画は、題材として人物像、ないしは窓のある室内を描いたものが多いですが、静物画もまた、画家が取り組んだ重要な主題で有り続けました。マティスはその画業の初期、セザンヌの《3人の水浴の女》(1879-82年、プティ・パレ美術館)を自ら画商のヴォラールより購入したことにより知られているように、巨匠に関心を持っていました。本作は、セザンヌの石膏のある静物画との関連を感じさせます。一方で、画面は南仏時代以降の鮮やかな装飾的色彩で彩られており、独自の展開を模索する様子がうかがえます。

6 June

猫のいる静物

藤田嗣治

《猫のいる静物》

1939-40年 油彩・カンヴァス

この作品は藤田が1939年に3度目にパリ訪問をした時に制作されました。パリ陥落直前の短いパリ滞在期間に描かれたものです。テーブルの上にのった様々な食材は戦争のない豊かな時代を懐古しているようにも感じられますが、それらの宗教的な意味合いや、西洋の伝統的な静物画の影響が指摘されることもあります。しかし飛び立つ鳥や、獲物を狙う猫は日本画風の描き方がなされ、また黒い背景はバロック的な光と闇を表すというよりは、画面の平面性を強調する役割を果たしていると言えるでしょう。日本人による油彩画としての、藤田なりのひとつの結論とも見ることができます。

7 July

桃

ピエール・ボナール

《桃》

1920年 油彩・カンヴァス

静物画はアンティミスト(親密派)たちが好んだジャンルのひとつです。彼らの静物画は、室内の日常生活のありふれたものがモティーフになっています。しかし、この作品にはわかりにくいところもあります。たくさんの桃が盛られた大きな皿は、テーブルから少しはみ出しています。テーブルクロスはテーブルの上のどこから折れ曲がっているのか、はっきりしません。画面左下に描かれた四角形がテーブルの存在を暗示しているだけです。題名になっている桃は画面の上部に押しやられ、右側から光が当たっているので、桃の左半分は影になっています。大きな位置をしめるテーブルクロスが明るく目立ち、そこに施された模様は布地から浮き出ているように見えます。

8 August

馬の頭部のある静物

ポール・ゴーガン

《馬の頭部のある静物》

1886年 油彩・カンヴァス

左上から右下へ向かう、筆のタッチが画面全体を覆っています。こうした技法は、この作品が制作された頃にスーラやシニャックなどの若い画家たちによって実験的に始められました。彼らは新印象派と呼ばれるようになります。この静物画の特徴は、技法だけでなく、描かれている個々のモティーフにも認められます。背後の壁に飾られているのは日本の団扇で、中央の団扇には浮世絵の装飾が施されています。左側の人形も東洋風です。真ん中に大きく描かれている馬は、ロンドンのブリティッシュ・ミュージアムに展示されているパルテノン神殿のギリシア彫刻です。ギリシア美術と日本の工芸品が象徴的に並列されているのです。

9 September

梨と桃

ジョルジュ・ブラック

《梨と桃》

1924年 油彩・板

ブラックは、1907年11月にピカソのアトリエを訪れて《アヴィニョンの娘たち》を見て衝撃を受け、1908年から14年までの間、ピカソとの密接な交流を通じてキュビスムを追及しました。固定された視点から空間を見る遠近法的表現を捨てて、複数の視点から見た形を組み合わせて物の存在感を表そうと試みました。しかしながら第一次大戦の勃発とともにピカソとの探求は途絶えてしまいます。出征から帰還した後の1917年には制作を再開しますが、1920年に入ると新しい表現の静物画を制作しはじめました。この頃描かれたこの作品は、対象の認識が困難なキュビスムの表現からは距離を置き、色彩豊かで装飾的な表現が試みられています。

10 October

能面と鼓の胴

坂本繁二郎

《能面と鼓の胴》

1962年 油彩・カンヴァス

馬をよく描いていた坂本は、還暦を過ぎたあたりから、身のまわりにあるもの、たとえば台所用品、果物などを絵の題材にするようになります。能面シリーズも同じ時期に描かれ、30数点の作品が知られています。この作品は、シリーズの最後に近い時期に描かれたものです。重ねられた謡本の上に女面と鼓胴が完璧に配置され、平板に見えて確かな厚みが感じられるとともに、ピーンと張りつめた緊張感とシーンとした静寂感が生まれています。1913年、詩人・三木露風とともに能舞台を初めて目にした坂本は、いつかその感動を絵にしたいと思っており、能面シリーズで実現したのです。

11 November

素朴な月夜

古賀春江

《素朴な月夜》

1929年 油彩・カンヴァス

月夜であると同時に、画面左奥には明るい空。夜行性の梟と、蝶。テーブルには、果物や卵、酒瓶、花の生けられた花瓶、そしてなぜか建物の一部。右奥から手前までつながる地面は、ここを屋外かと思わせますが、左端に隠れたバルコニーの柵が室内であることも示します。夜か、朝か、はたまた屋外か屋内か、描かれた光景を限定できない要素が多く、読み解こうとすると一筋縄ではいきません。ひとつひとつは現実に存在するモティーフですが、脈絡のない並置や奇妙な配置で幻想的な世界を表す手法には、西欧の新潮流シュルレアリスムとの関連が当時から指摘され、東郷青児や阿部金剛、中川紀元らの作品と共に、その作風は二科展で注目を集めました。

12 December

海芋とキリン草

児島善三郎

《海芋とキリン草》

1954年 油彩・カンヴァス

児島の後半期の画業は、1930年代後半の時期と重なりながら晩年まで続く、花と壺をモティーフとした静物画の時代へと推移します。この作品は静物画の時代のもので、花瓶に挿された花は、大きな緑色の葉をもち白い大きな花を咲かせているのが海芋(かいう)、黄色の花を咲かせているのが麒麟草です。背景のパターン化した文様をもつ壁紙や花瓶が置かれたテーブルクロスの描写は奥行き表現を最大限に抑制し、しかも本来主要モティーフである花と花瓶に劣らぬ濃厚な色彩で描写され、全体として平面的で華やかな装飾性をもった作品となっています。その装飾性は江戸時代の琳派芸術に一面でつながるものと言えるでしょう。