ブリヂストン美術館 公益財団法人 石橋財団

Music 2019 CALENDAR

芸術の異なる分野からの影響はしばしば見られます。音楽に心惹かれ、憧れた画家は多くいました。西洋では、美術と音楽の比較や類比について、古代から論じられてきました。ロマン主義以降、音楽は、自然を写すことから自由な、純粋性と精神性を有すると考えられました。そして20世紀初頭になると、音楽から構想を得た絵画や、音楽の抽象性を規範とした抽象絵画が制作されました。一方で楽器そのものが描きこまれることもあります。今年の美術カレンダーは、石橋財団コレクションの中から「音楽」をテーマに12作品を紹介します。エドゥアール・マネやパウル・クレー、藤島武二など、東西の画家たちが奏でる音楽をお楽しみください。

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01
ピアノを弾く若い男

ギュスターヴ・カイユボット

1848-1894

《ピアノを弾く若い男》

1876年 油彩 / カンヴァス 81.0×116.0cm

モデルは画家の弟で音楽家のマルシャルです。場面は、パリ8区ミロメニル通りにあった彼らの邸宅内のピアノがある一室。 壁面装飾、カーテン、絨毯、椅子などの調度品には植物文が施されているなど、富裕な市民の瀟洒な室内が描かれています。窓から入る柔らかな光がピアノの鍵盤や脚部を照らし、側面には鍵盤と指が、天板には壁面の赤と金の装飾が反映している様が絶妙な筆さばきで表現されています。奥行を感じさせる空間表現の内に対象を写実的に描いた絵画様式は、印象派の中ではかなり異質ですが、これもまた、光と影の描写の探求を志す印象派のひとつの様式で あることをわれわれに教えてくれます。1876年の第2回印象派展に出品されました。

02
天平の面影

藤島 武二

1867-1943

《天平の面影》

1902年 油彩 / カンヴァス 197.5×94.0cm

古代風の衣装をまとった女性が箜篌(くご)とよばれる古い楽器を手にし、桐の木の下にたたずむ姿が描かれています。藤島初期の代表作であるだけでなく、古代へのあこがれが最高潮に達した明治30年代日本を象徴する作品でもあります。奈良に旅行した折、正倉院に伝わる箜篌を目にし、遠い天平時代に思いをはせ、この作品を着想するにいたったと藤島自身語っています。さらにこの絵を描くために、正倉院の樹下美人など日本の古い美術を参考にしたとも語っています。藤島がヨーロッパ留学へと旅立つのは、この作品を描いた2年後のこと、まだ見ぬ西洋へのあこがれと日本古代へのあこがれがうまく溶けあってこの作品が生まれたと言えるでしょう。

03
島

パウル・クレー

1879−1940

《島》

1932年 油彩、砂を混ぜた石膏 / 板 55.2×85.2cm

音楽に関心を持っていたクレーは、画面の中に音符や楽譜を思わせる記号を好んで描き込みました。そればかりでなく、「ポリフォニー」という音楽の方法論を絵画の世界に取り入れました。ポリフォニーは、異なる旋律がそれぞれの本分を失うことなく同時に進行していく形式の音楽のことです。日本語では「多声楽」と訳されています。この作品には、褐色の地肌に薄く広がる赤や青や黄の色彩、島を形作る太い線、それに画面一面を覆いつくす「点点」。この3つの旋律を個別に鑑賞しながら、それらが競合しながら調和する画面の全体を楽しむことができます。この作品に見られる「点点」の手法はシニャックやマティスやモンドリアンに連なる点描技法とは異質です。

04
ピアノのある部屋

中西 利雄

1900-1948

《ピアノのある部屋》

1947年 水彩 / 紙 60.6×47.9cm

1947年、中西一家は疎開先より東京中野区の自宅に戻りました。その縁側には大きな黒いピアノが置かれ、中西自身、制作の合間にピアノを弾くこともありました。テーブルの前にすわる子どもは、お絵かきをしているようにも、うとうとしているようにも見えます。モデルは画家の二男か三男かもしれません。画面は縦縞と格子縞を基調に、黒と白の色の対比、四角と丸の組み合わせによって、歯切れのいいリズミカルな印象に仕上がっています。かつて自宅の隣にあったアトリエは、強制疎開によって取り壊されたため、この頃の彼は自宅か戸外で制作することが多かったようです。この作品を描いた翌年、彼はアトリエの竣工を待たず病のため亡くなってしまいます。

05
ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック

《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》

1891年 リトグラフ / 紙 166.9×123.0cm

ロートレックは、バーやキャバレー、ダンスホール、サーカスなどが並ぶモンマルトルに移り住み、夜の娯楽を絵の題材にしました。1889年に開店したダンスホール「ムーラン・ルージュ」は、屋根の上の赤い風車が目を引く建物です。このリトグラフは、ムーラン・ルージュの常連客だったロートレックが1891年に支配人から依頼を受けて初めて制作したポスターです。このポスターは評判となりました。画面中央でカンカンを踊っているのは、ムーラン・ルージュの人気ダンサー、ラ・グーリュ(「食いしん坊」という意味)。前方で、シルクハットをかぶった横顔を見せるのは「骨なしヴァランタン」です。彼はダンスの名手として知られていました。

06
二本の線

ワシリー・カンディンスキー

1866−1944

《二本の線》

1940年 ミクストメディア / カードボード 60.0×70.0cm

カンディンスキーは抽象絵画の先駆者のひとりとして、制作活動を推進しただけでなく、抽象絵画の理論家としても活動しました。中でも芸術論『芸術における精神的なるもの』は特に有名です。絵画は音楽と同様に「純粋な」表現でなければならない、という彼の信念が初めて実現されるのは、1910年から12年にかけてです。《二本の線》は彼の晩年の制作です。鋭角的に交わる二本の線が画面を大きく3つに分割し、各部分にカンディンスキー特有の形態が配置されています。さらに上下のふたつの部分では、越境する形態が浮遊します。第二次大戦中の厳しい条件の中で、それにもかかわらず自在に遊ぶ芸術家の造形感覚が横溢した作品です。

07
帽子をかぶった自画像

小出 楢重

1887−1931

《帽子をかぶった自画像》

1924年 油彩 / カンヴァス 126.0×91.3cm

1921年、6カ月のフランス体験以降、大阪に帰った小出は洋服を着て過ごすようになり、朝食もパンとコーヒーに改めました。油彩画に真っ向から取り組むために、実生活から西洋風に変えていこうという悲壮な覚悟ともとれます。1923年9月、小出は関東大震災に遭うという未曾有の体験をします。一瞬にして世界が崩れてしまった現実は、小出に大きな衝撃を与えました。これを機に、従来の多くの題材を盛り込んでいた画面が、急速に整理されていきました。翌年8月に制作されたこの作品は、小品が多かった小出作品の中では、記念碑的な大きさを持ち合わせています。画家であることを自己確認、検証する姿を見てとることができます。

08
II サーカス(『ジャズ』より)

アンリ・マティス

1869-1954

《II サーカス(『ジャズ』より)》

1947年 ステンシル / 紙 42.2×65.5cm

1940年代以降、切り紙絵はマティスの重要な表現手段になります。挿絵本『ジャズ』には、20点の切り紙絵のカラー印刷がおさめられています。ジャズ音楽と関連のある絵柄は一点もなく、サーカス、民話、旅行などの思い出を題材としています。「ジャズ」が題名になった理由について、編集者のテリアードは「切り紙絵は、ジャズの精神と一致します。音楽はマティスに欠かせないものでした。切り紙はジャズ音楽に似ていたのです。」と説明します。のちにマティスが言うには、「音楽家が楽器の音色と強さを選ぶように、画家は自分にぴったりするような強さと深さで色を選びます。色彩はデッサンを支配するのではなく、それに折り合うのです」。

09
バッカス祭

モーリス・ドニ

1870−1943

《バッカス祭》

1920年 油彩 / カンヴァス 99.2×139.5cm

ローマ神話のバッカス(あるいはバッコス)はギリシア神話のディオニュソスのことです。葡萄の神、祝祭の主、そして恍惚(エクスタシー)を与える神、などと称されています。バッカスにまつわる物語はたくさんありますが、そこではつねに酔いかつ踊る崇拝者や動物たちがバッカスにつき従います。この作品は、スイスのジュネーヴにあった毛皮店「ティーグル・ロワイヤル(ベンガル虎)」から注文を受けた装飾パネルのための下絵です。下絵といってもかなり細かく描き込まれています。装飾パネルのほうはのちに分割されてしまったので、全体の構図はこの作品からしのぶしかありません。中央に描かれている虎は注文主の意向でしょう。

10
オペラ座の仮装舞踏会

エドゥアール・マネ

1832−1883

《オペラ座の仮装舞踏会》

1873年 油彩 / カンヴァス 46.7×38.2cm

仮装舞踏会を描いた作品は、習作を含めて数点が残されています。最も完成度の高い作品(ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵)は、サロンに出品して落選します。落選の理由は描かれた内容にあるのかも知れません。シルクハットに燕尾服という、黒ずくめの男性たちの群れに、色鮮やかな服装でアイマスクをした女性たちが取り巻かれています。女性たちは、踊り子や高級娼婦たちで、上流階級の男たちから誘われているシーンなのです。このような同時代の風俗をマネは好んで描きました。2本の太い柱の間に渦巻く人々が、大胆な素早いタッチで描かれ、人混みのめまぐるしい動きや熱気が感じられます。

11
婦人像

岡田 三郎助

1869−1939

《婦人像》

1907年 油彩 / カンヴァス 73.3x61.5cm

琳派風の花鳥画金屛風を背景に、元禄模様の衣装を着て立兵庫と呼ばれる髷を結った女性が鼓を打っています。モデルは三越呉服店の経営に関わり茶人としても知られた高橋義雄(箒庵)の妻・千代子です。高橋はこの頃、三越呉服店の近代化に取り組み、伝統的な文様の現代的復活を目論み、特に元禄模様に絞り込んだ企画を打ち出そうとしていました。彼の要望に応えた洋画家が岡田三郎助だったのです。パリ留学から帰った岡田は逆に日本古来の文物に関心を抱くようになっていました。高橋の企図と岡田の趣味が合作した作品ともいえるでしょう。この作品は三越呉服店のポスターの原画として用いられ、日本中にこの図柄が流布されることになりました。

12
オーケストラ

ラウル・デュフィ

1877−1953

《オーケストラ》

1942年 油彩 / カンヴァス 65.2×81.1cm

自らもヴァイオリンを弾くデュフィは、その絵画作品でも音楽が重要な役割を演じています。音楽に関連するモティーフ(楽器や楽譜など)がしばしば描かれるだけでなく、《モーツァルト讃》《バッハ讃》《室内オーケストラ》《ヴァイオリン》などと題されたシリーズ(連作)が制作されています。彼が大オーケストラを主題とする一連の作品に本格的に取り組むのは1941年頃からです。この作品は演奏中のオーケストラが高い視点から捉えられているので、各パートの団員たちが画面いっぱいに広がっています。彼らは譜面台を前に、それぞれの楽器を演奏中です。軽快な線と色によって、画面からオーケストラの多彩な響きが聞こえてくるようです。

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