学芸員が選ぶ隠れた名作

ジャン=フランソワ・ミレー《乳しぼりの女》1854-60年 油彩・カンヴァス 石橋財団ブリヂストン美術館

ジャン=フランソワ・ミレー《乳しぼりの女》1854-60年 油彩・カンヴァス 石橋財団ブリヂストン美術館
い茶色の素地ガラスの上に、伸びやかに成長する草花と蝶のような羽を広げた蜻蛉(トンボ)が絵付けされています。全体に畝文(うねもん)の凸凹がめぐり、ガラスに動きと輝きを増しているようです。

者のエミール・ガレ(1846-1904)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけてヨーロッパで沸き起こったアール・ヌーヴォー(新しい芸術)と呼ばれる国際的な美術運動を代表する作家です。パリの東、ロレーヌ地方のナンシーでガラス器および陶器の製造販売業を営む工房に生まれ、ドイツのワイマールに留学し、デッサンや型のデザインを学んだ後、1867年から父の工房で陶器やガラスの制作を始めます。1889年のパリ万国博覧会で最高賞を受けると一躍有名になり、それまで職人の仕事と考えられてきたガラス工芸を、芸術作品にまで高めた立役者となりました。

レの「新しい芸術」の豊かな発想源となったのは、バロック、ロココといった過去の西洋の美術だけでなく、1867年のパリ万国博覧会や1871年のロンドン国際博覧会などで目にしたエジプト、イスラム、中国、日本など非西洋の装飾モティーフ。前時代、同時代の文学者による詩的で幻想的な世界への共感。加えて1885年から3年間ナンシーに滞在した、日本人、高島北海(たかしまほっかい 1850-1931)と出会い、日本の描法で描く植物や昆虫の姿を目にしたことなどがあげられます。また、ガレは植物に関する多数の著作を残した熱心な園芸研究家としても知られ、父が建設した屋敷にある2ヘクタールの庭園で2000にもおよぶ珍しい植物を栽培、観察するなど、《クレマチス文耳付花瓶》(fig.1)にも見られるように、「自然」からさまざまなインスピレーションを得ていました。

作品に描かれている蜻蛉は、そうしたガレの創作活動の中で、たびたび取り上げられたお気に入りのモティーフです。水陸両生で、薄く透き通った羽を持つ蜻蛉は、ガラスの持つ透明度と光の中にあって、見る者にその生命の魅力を再認識させてくれます。

レの作品は、すべての工程を彼自身の手で造り上げたのではなく、工房で働く多数の職人の分業によって造り出されました。少数限定の高級品と低コストの大量生産品とがあり、加工する際の工程で差別化が図られました。工房は、ガレの没後も遺族たちに引き継がれ、1931年まで続けられました。量産された作品においてもデザインの質を維持する配慮がなされており、現在でもガレの息吹を感じる作品として私たちの目を楽しませてくれます(fig.2)。
fig.1
エミール・ガレ《クレマチス文耳付花瓶》
制作年不詳
fig.2
ガレ工房《木の実文花瓶》
制作年不詳