「絵画芸術では単純化(サンプリシテ)ということは最も大事なことと信ずる。複雑なものを簡約する。如何なる複雑性をも、もつれた糸をほぐすように画家の力で単純化するということが画面構成の第一義としなければならない。[……]私も今後努めて、風景を描くにしても、人物を描くにしても一切の余贅なるものを省略し、省略して最後の描かざるべからざるもののみを描いていきたいと思う。」

「足跡を辿りて」『美術新論』1930年5月

藤島 武二

藤島武二は、たびたび「サンプリシテ」というフランス語を好んで口にしました。「単純化」という意味です。上の言葉は、画家としての人生を振り返る回顧録の最後のほうで述べられたものです。これを発表してから2年後、1932(昭和7)年夏に描かれたのが《屋島よりの遠望》でした。

香川県屋島は、高松市街の東、瀬戸内海に対して南から北へ突き出た台地状の半島です。その頂上に近い旅館、屋島館に藤島は約1カ月滞在し、「スケッチを大小三十四、五枚ほど描いた」と記しています。このときの紀行文を読むと、朝夕の色彩の変化に心を奪われていった様子が手に取るように分かります。朝早く起き出して、平家物語の舞台となった古戦場の入江、壇ノ浦をはさんで真東に位置する五剣山にのぼる朝日を描きました。日中は直射日光によって「色彩も乏しくなり、最も平凡な景色に見える」と言って、午睡をとっていたようです。夕方、今度は西側の女木島や高松市街のほうを向いて、落日や黄昏を好んで描きました。《屋島よりの遠望》は、後者の代表作です。女木島の向こう側に落ちつつある太陽と、それによって刻一刻と変化する大気や海面を、ご馳走を味わうように画家は眺め尽くしています。

屋島よりの遠望
藤島武二《屋島よりの遠望》1932年、油彩・カンヴァス

しかし、藤島は目の前の光景をそのまま写しとってはいません。この頃の制作状況を書いた文章を読むと、前景と遠景に大きな変更を加えたらしいことが分かります。すぐ手前には屋島の断崖があり、海辺近くには集落や工場が数多くあったようです。そうしたものを整理してリズムをつくりだしました。また女木島の向こうには他の島々や中国地方の山々が見えたが、「そこの風景も面白いのだが、絵になるには景物が多すぎて煩わしさが多かった」といって、大胆に省いてしまいました。煙をたなびかせる工場の煙突一本や、一艘だけ浮かぶ帆船は、画面のアクセントとしてちょうどよい位置に残したものでしょう。そうやって作品全体をどんどん省略、整理し、霞のなかで迎え始めた黄昏を、あるいは時間とともに移りゆく地球の姿を象徴的に描き出しました。

この《屋島よりの遠望》は、まもなく台湾の国立台北教育大学北師美術館で始まる日本近代洋画の展覧会に出品される予定です(10月6日から2018年1月7日まで)。また、生誕150年を記念した藤島武二展がいま練馬区立美術館で開催されています(9月18日まで)。初期から最晩年までの作品を網羅するこの展覧会は、画家の生地にある鹿児島市立美術館(9月29日から11月5日まで)、画家が愛した港町にある神戸市立小磯記念美術館(11月18日から2018年1月28日まで)に巡回の予定です。藤島武二がいうところのサンプリシテを味わう絶好の機会となるでしょう。ぜひ訪ねてみてください。

学芸員:貝塚健

チョチャラ
《チョチャラ》1908-09年、油彩・カンヴァス
浪(大洗)
《浪(大洗)》1931年、油彩・カンヴァス