ゴッホがアントワープを去ってパリに着いたのは1886年の早春のことです。その頃ゴッホの弟テオはモンマルトルの丘の下に住んでいましたが、モンマルトルの丘の中腹に新たにアパルトマンを借り、兄とふたりで生活を始めます。そのアパルトマンのすぐ近くに、有名な「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というダンス場がありました。この作品はそのダンス場の裏手から見た光景です。風車とその脇に飾られた三色旗が描かれていますが、10年ほど前にルノワールが描いた同じダンス場の華やかな情景と比較すると、ゴッホの雰囲気は侘びし気です。しかし、オランダ時代のゴッホ作品には見られなかった明るい色調が画面を彩っています。
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