パリ、1840−ジヴェルニー(フランス)、1926
ノルマンディー海岸にあるセーヌ河口の港町ル・アーヴルで育ちました。対岸の画家ブーダンを知り、彼から戸外での外光描写の重要性を教えられます。1859年パリに出て画塾アカデミー・シュイスに通い、ピサロと出会います。軍務に服したのち、シャルル・グレールのアトリエ(画塾)に入り、ルノワールやシスレーと友人になります。彼らはマネの影響を受け、普仏戦争後の74年に初めてのグループ展を開催します。この展覧会に出品した《印象、日の出》にちなんで、「印象派」という言葉が生まれました。70年代、モネが住んでいたセーヌ河畔のアルジャントゥイユは印象派のいわば聖地になります。80年代以降、印象派の画家たちは独自の道に進みますが、モネは最後まで印象主義の理論と制作を押しすすめ、同一モティーフを、条件を変えて描く「セリー(連作)」という考え到達します。晩年はセーヌ下流のジヴェルニーに定住し睡蓮の連作に専念しました。
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